2026年2月ミラノ・コルティナ冬季オリンピックスノーボードハーフパイプ男子代表の平野歩夢・平野流佳選手。
1月に負傷して臨むことになった先回大会金メダリスト平野歩夢選手と国際大会での十分な実績を積み、完璧にメダルを狙える位置にいる平野流佳選手。
二人は兄弟なのか?その関係と家族構成について、まとめていきます。
平野歩夢・平野流佳(るか)はミラノ五輪代表惜しくもメダル獲得ならず
平野歩夢(あゆむ)選手は、平昌オリンピックで銀メダル、北京オリンピックで金メダルを獲得している実績のあるスノーボーダー。
歩夢選手は1998年11月29日生まれ。
大きな怪我を乗り越えて立派なジャンプを披露し、7位入賞。
その偉業は国内外に大きな感動の嵐を呼び起こしました。
流佳(るか)選手は2002年3月12日生まれで、北京オリンピックで初出場。
二度目の出場になる今大会では、メダル獲得に向けて完璧なルーティンを見せた流佳選手。
惜しくも4位とメダルには一歩届かず、悔しい思いをすることになりましたがとてもかっこいいジャンプを見せてくれました。
平野歩夢と平野流佳(るか)は兄弟?関係性は?家族構成について紹介!
平野歩夢・流佳選手の二人は兄弟ではありません。
また、二人の間に血縁関係もなく、苗字が同じだっただけ、ということです。
二人の兄弟について、深掘りしていきます。
平野歩夢選手の兄弟と家族構成
平野歩夢選手は新潟県村上市出身の三兄弟の次男。
長男:英樹(ひでき)さん、三男:海祝(かいしゅう)さん
長男の英樹さんは当時12歳で最年少プロスノーボーダーになりました。
三男の海祝さんは北京オリンピックで歩夢選手と一緒に代表入り。
父親の英功さんが当時何も無かった体育館に自腹でスケートパークを造り、幼少期から天才キッズ兄弟として話題になっていました。
平野流佳選手の兄弟と家族構成
平野流佳選手は大阪府大阪市出身の二兄弟の長男。
次男;蒼空(そら)さん
北京オリンピックの流佳選手の舞台は、両親と実家で3人で観戦していたとの報道もありました。
流佳選手が6歳の時にスノーボードを始めた時、蒼空さんはソリで滑っていました、とのエピソードも。
スノーボードをする兄を心から尊敬している、と話されています。
北京大会では成し得なく終わってしまった悔しさをバネにミラノ大会はより一層意気込む流佳選手です。
平野流佳(るか)選手はずっと「俺は歩夢の兄弟じゃない」と言ってきた
平野歩夢(あゆむ)選手は北京大会でかのレジェンド米国代表ショーン・ホワイトを唸らせ金メダルを獲得した実績があります。
平野流佳(るか)選手は北京大会での悔しい結果を受け、翌シーズンから3季連続でW杯種目別優勝を果たしています。
歩夢選手も流佳選手も、間違いなくメダル射程圏内の実力者。
しかし流佳選手はいつも平野歩夢選手の後ろに隠れてしまう存在であったことは容易に想像ができます。
「兄弟なんだっけ?」と歩夢選手が実際に三兄弟である構成から、勘違いされることもあったようです。
ご本人は「何度も平野という苗字を恨んだ」と語っていることもありました。
まとめ
いかがでしたか?
平野歩夢(あゆむ)・流佳(るか)選手の両選手はよく兄弟と勘違いされることも多いですが、血縁関係はなく、苗字が同じ”赤の他人“でしたね。
共通するはスノーボードハーフパイプという競技で世界のトップで闘っているということ。
両選手の今後の活躍を、応援しましょう!

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