ミラノ・コルティナオリンピックスノーボード女子ビッグエア、スロープスタイル&ビッグエアの日本代表、近藤心音(こんどう ここね)選手。
北京五輪で事前練習の際に転倒により右ひざを負傷し涙の欠場となりました。
ミラノ五輪で代表に復帰、日本時間2026年2月5日公式練習の際に、またも欠場を決断する怪我を負ってしまいました。
近藤心音選手ってどんな選手?彼女の経歴についてまとめます。
近藤心音・北京五輪欠場に続いてミラノ五輪でも直前に負傷!
近藤心音選手と言えば、北京五輪で起きた悲劇でよく知られる選手です。
試合直前の公式練習の際に転倒、これにより本戦への欠場を余儀なくされました。
幼いころからスキーに親しみ、競技へ取り組んできた近藤選手。
また、4年という長いようで短い月日をどんな思いで乗り越えここまで来たのか、と思うと安易に想像ができるわけがありません。
加えて、2026年2月5日に入ってきた悲報はミラノに入りスロープスタイルの公式練習中に転倒による負傷をし、またしても欠場することを決定せざるを得なかったということでした。
アスリートにとってのオリンピックの舞台は私たち一般人の想像を遥かに超える魔物が住んでいるのかもしれません。
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近藤心音|wiki風プロフィールまとめ!父親もフリースキーヤー!
近藤心音選手は、2003年2月19日長野県北安曇郡白馬村生まれ。
中学は白馬村立白馬中学校を経て長野県白馬高校卒業しています。
3歳のときにスキーをはじめます。
父親が当時トップフリースキーヤーの近藤信(こんどう まこと)。
フリースキーが世界的にブレイクした2000年頃に、日本のシーンを牽引していたライダーの一人で、スタイルにこだわった独特のライディングの持ち主でした。
国内外のビッグエア大会やフリースキームービーで活躍、「隊長」というニックネームで名を馳せた滑り手でした。
コーチとしてもその実力は名高く、白馬の子供たちの指導や選手の育成などを長年手がけてきた剛腕。
母親も現役時代はモーグル選手&コーチをしていたスキー一家です。
実は、2018年の平昌オリンピックでは年齢がたった2か月足りず、日本代表入りを逃していました。
家族はお父さん、お母さん、本人、妹の4人家族です。
近藤心音
近藤選手を語るにはやっぱりこの怪我によるオリンピックの欠場は避けられません。
スロープスタイルで欠場を決定し、ご本人の口から直接報道陣へ説明をするほど気丈な態度を見せた近藤選手。
アスリートにとって怪我は本当に苦しい壁なので、それを繰り返し乗り越えてきた近藤選手の精神力は本当に素晴らしいものだと思います。
スキー一家のご家族からも献身的なフォローとサポートがあったことでしょう。
まとめ
いかがでしたか?
まさかの事態が二度も近藤選手に襲ってきたオリンピックの舞台。
ただ、競技を観ていると棄権している他選手も複数いるようですので、それだけリスクの高い競技であることがわかります。
22歳(2026.2月時点)の近藤選手。
今後の活躍にも益々期待しましょう!
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